人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてなんとやら…
この言葉、江戸時代末期から使われていたそうです。
馬には蹴られたくないですが、馬もだいぶ減った東京ですので、後方に注意しつつ無粋を承知の上で人の恋愛に口を出してしまいましょう。

ないよーーー(ほぼ)
(ほぼ)ないよーーーー!!!

撮影会モデルとカメラマンの恋愛

しょっぱなから叫んでしまいましたが、撮影会業界を語る上で、もう最重要テーマの一つはこれですよね。

以前更新していたブログの検索キーワードランキングも「カメラマン モデル 恋愛」が堂々のNo1でしたから。

うん、なのであくまで私の経験と、独断と偏見に満ちた、でもまぁ、モデルの多くにはOK!を出してもらえそうな結論を、もう一度述べます。

(ほぼ)ないよー!!!
あ、これ気を使っての「ほぼ」ではなく、カメラマンと恋愛や結婚した撮影会モデルを知ってはいるので、Oではないんです。だから真実の「ほぼ」ただ相対数でいうと、限りなく透明に近いブルー。ほぼ無色。

逆にですね、カメラマンがストーカー的で困っている的な話はモデル同士では日常会話の頻度で出てきますから、モデルとカメラマンの「恋愛的温度」これには相当な温度差があるんでしょう。高温泉と水風呂くらいね。

ただ、これ「男女の感覚差」だけでは片付けられない、様々な要素の結果なんです。

まず撮影ってカメラマンがモデルを見ている時間と、モデルがカメラマンを見ている時間を比べると、圧倒的にカメラマンのほうがモデルを見ているじゃないですか。ファインダー越しの私の世界ですよ。
そして、モデルは時に強く、時に甘えるように見つめます。カメラマンの素の瞳が一重だか二重だったか覚えていないながらも、レンズという瞳をじっと見つめます。そんなものすごい誘惑の状況ですから、ファインダー越しの私の世界に恋したっておかしくないです。普通です。

対するモデルですが「撮影会モデル」にとって大半の撮影は、金銭的やり取りのある仕事ですので、当然ながらカメラマンの指示に従順に従います。「甘えるように見つめて」と言われたら甘えるように見つめます。そして人の指示に従うって性癖云々関係無く、やりがいがあり、安心感が伴うんです。だからモデルの多くは的確な指示を出してくれるカメラマンを深く「信頼」する。

そうして、行きつく先で「恋」と「信頼」がかみ合わなくなり「好きだったのに(信頼していたの)にひどい」なんて悲劇が生まれるわけです。

アラフォー、シングルマザーの私ですら、この恋と信頼がかみ合わないトラブルを今だ経験ますから、これは男女である限り絶対的なコレといった解決策はないものなのかもしれません。

ただ、カメラマンだろうとモデルだろうと、あくまで男女ですので、一目ぼれしちゃう人がいたりすることもありますし、どうしたって好きになれない人は好きになれないことについては普通の男女関係と変わりません。
普通に魅力的な人は魅力的です。モデルだろうとカメラマンだろうと。

つまりはモテるモデルはモテるし
モテるカメラマンはモテるんです。
というか、モテるカメラマンはカメラマンじゃないときでもモテる。

ということで、次回はこの「モテ」と「人間性」と「作品性」の面から
「撮影会モデルとカメラマンの恋愛はあるのか否か」を考察し書いていきたいと思います。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

よさの麻由

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